CASE2~旋盤②~

こんにちは。

前回の旋盤の紹介に引き続き、今回は旋盤を使った修理を紹介します。
まずは今回の患者であるクラリネットの上管部ジョイントの写真をご覧ください。

 

上管のバレル側ジョイントの先端部ですが、見てもらうとすぐ分かる様に矢印の部分が木材の経年劣化や落下などの衝撃によって欠けてしまった状態です。
今回は大きく欠けた部分が2ヶ所とボールペンの先程の欠けが写真では見えにくいですが複数箇所あります。
この楽器は欠けてしまった部分の破片が無いのと、依頼者からの情報では判断が出来ないので最終的な原因を追究しないで修理を進める事にします。

今回の依頼からの修理に対する希望コンセプトは、この先『安心して長く使っていく事が出来る修理』です。
一般的にこのような木製管体の欠損修理には、いくつかの方法があり、状態や求める仕上がりによって方法を選択していきます。
当然、作業時間や修理にかかる費用も幅広くあります。
その内の一般的な方法を紹介します。

①木材の粉などを混ぜた接着剤をパテの様に盛り付けて成型する方法。

これは最も簡易的な修理方法となります。一般的には接着剤の瞬間硬化剤を使用すれば接着剤の硬化時間を待たずに作業を進める事も出来る為、最も簡単に行える手法です。ただ、この方法だと欠損箇所が大きかったり、使用時に負荷がかかる場所だと再剥離する危険性があります。また、経年劣化で接着剤が痩せてしまったりすると後々剥離する危険性があるというデメリットもあります。

②欠損箇所に合わせて同一の素材を『当て木』して補修する方法。

この方法の場合は前述の方法より、グンと強度が向上します。また、同じ木材を使用して修理するわけですから見た目にも修理痕が判りにくいという外観的利点もあります。
ただ、良い事ばかりではありません。クラリネットの管体の補修の場合は当てる材料が管体と同様のグラナディラ材でないといけない為、通常は補修材料になる木材を手に入れる事がなかなか難しいです。また、欠けている管体の処理や当てる木材の下地加工などは平面や曲面の加工が技術的に高度になるので、時間も技術も前述の方法よりも大きくなる修理方法になってきます。
もちろん、修理にかかる費用も高くなってしまいます。

本来は他にはもう一つ修理方法があるのですが、それは訳あって後ほど紹介しましょう。

さて今回の修理品にはどの方法で挑むのか?
それは最初に決めたコンセプトに沿って、修理後に長く使ってもらう為に強度の高い修理方法である②の方法でアプローチする事になりました。
当然依頼者に修理金額のお見積もりを連絡し、了承を得ての作業開始です。

さぁ、さっそく修理開始です。
まずは下地の加工作業です。
管体側で欠けてしまっている部分に対して下地処理として

・接着面となる部分を平らに加工する作業
・欠損部に当てる木材のチップの製作

ヤスリを片手に作業する事10分程・・・。
出来上がった状態が下の写真です。

木材のチップは貼り付け後に仕上げ加工で微調整する為に少し大きめに作ってあります。
ここでの作業は全て手作業で行っています。接着面の削り出しもチップの加工も今回は全て手作業ですから失敗はしたくないので、電動の工作機械系は一切使用せずに慎重に作業を行います。
さて、このチップを管体に接着していく事になるのですが・・・・・・。

・・・・が!!

衝撃です。精神的にはガックリです。
ここで大きな問題が発生しました。
見た目にはとても小さく写真には取れないのですが、問題としては非常に大きな問題です。
処理をした管体側を最終確認していたところ下地処理をしている接着面の横に更なるヒビ割れが見つかりました。
目で見ても一般の人には殆ど判らないレベルですが、接着面を薬品処理すると微妙に薬品が流れる為に発見する事が出来ました。
※色々写真撮影を試みましたが、手元にある携帯カメラ(スマートフォン)では無理でした。ごめんなさい。

ここで、大きな決断をする事になります。

このまま作業を続けてしまう事も可能ですが、接着処理すると後々再剥離やもっと大きな剥離に繋がる危険があります。
あくまでも危険があるというレベルですが、今回の様な大がかりな修理は出来る限り1回限り、何度も行いたくない(楽器に大きな負担がかかりますから)ので、今回はここまで準備しましたが、修理方法を大きく変更するという大きな決断をしました。

再度スタートに戻って修理方法を根本的に変えます。
部品の加工や製作、下地処理に約1時間ほどかけて準備しましたが、楽器の『これから』を考えての判断です。
作業をしている私としては・・・・・
当然・・・・結構ショックです(笑)

ちょっと脱線します。
医療の世界で良く使われる用語(?)にQOLという言葉があります。
クオリティ・オブ・ライフ( quality of life)という言葉があります。
直訳すると『人生の質』ですが、医療の世界では患者さんの治療後の人生や生活の『質』や『路』という意味だそうです。これを向上させるために医療の現場で皆さん頑張っています。
音楽や楽器の世界でも命はかかっていないですが、私は個人が持つ楽器の修理に対して同じ様に考えて修理したいと考えています。
音楽の世界で言うならQOML( quality of Musiclife)でしょうか(笑)。
楽器も長く音楽を奏でてくれるように、長く使ってもらえるように最善を尽くした修理をしたいと考えています。

さぁ、修理に戻りましょう。
変更した修理方法ですが、どの方法で修理するのかというと小さいチップで補修するのではなく、傷んだジョイントの先端部をリング状にゴッソリ交換します。

前半で紹介しなかった更に高度な修理方法です。
この修理方法は機械加工を行う必要があるので技術的にも、設備的にも高度な修理方法です。

機械加工を行うのですが・・・・
そう!その機械とは前回紹介した旋盤です。
代官山音楽院では主に学生の工具製作に使用している旋盤の、本来の力を使って部品加工と管体の修正も行う修理方法です。

ちなみに旋盤は、

この方法の特徴は修理箇所が見た目に極限まで分からなくなるという事と、新品時とほぼ同様の管体強度が保てるという事です。
金属のリングで補強する方法もあるのですが、音色や吹奏感も殆ど変化しないという特徴があります。
その代り、部品の加工も管体の加工も全て現物合わせになるので作業を行う技術者に求められる技術はとても高くなります。
また、一般的に修理として行う場合は修理価格も修理日数も他の修理方法に比較すると高くなってしまいます。

さぁ、それでは気になる作業の説明を始めましょう。
まずは、先ほど加工した管体を再度加工する為に旋盤に固定し、ジョイント先端部の切削加工の準備です。

上の写真は旋盤に取り付けたクラリネットの管体を回転させて切削前の確認をしている所です。
クラリネットの管体等の長尺物といって、長いものは回転中にブレない様に回転センターという道具を使用し、支持しながら加工します。
これで、加工中に切削の圧力で管体がズレて破損する事を防ぎます。
(これが無いと基本的には管体の加工は出来ません)

また、旋盤のチャック側は管体のジョイント部分をつかむ形で固定するのですが、ジョイントにはコルクが巻いてあるので、固定が安定しません。
強く締めるとコルクの破損や最悪ジョイントの破損に繋がります。
また緩いとチャックと管体がスリップして、やはり管体が破損する危険性があります。
その為、ジョイントがチャックとスリップしない様にちょっとした工夫をします。(どんな工夫かは・・・・内緒です。知りたい方は・・・是非来校してみてください)
この状態で、ジョイント先端部だけを削り落とし細くしていきます。

これが切削中です。矢印の部分が『刃』です。
黄色いテープが貼ってある部分は通常コルクが貼られている部分で、その部分は削らずに先端部分だけを切削してきます。
先端部分だけを切削した加工完了した状態がこちらです。

綺麗に先端部分だけが細くなっているのが見て判ると思います。
この作業を人がヤスリを使って手作業で加工する事は不可能なので、旋盤の力があってこその修理方法なのが、これで良くわかってもらえると思います。

さぁ、次はこの部分に取り付ける新しい先端部分(ジョイント)の製作です。
この部分にはドーナツ状の木材を旋盤で製作して取り付けます。
このリング状の部品は先程と同様に旋盤を使っての作業になります。
今回はチップ形状では無く、リング形状なので材料も下の写真の様な特別な物を使用します。

見てすぐにお分かりになると思います。
これ・・・・もともとはクラリネットの管体です。
実はこの管体は破損が激しく廃棄になる管体を捨てずに保管しておき、今回の様な修理の時に使用しています。
生産されたメーカーや機種、製造年代が割と近いものを出来る限り使用します。
私たち修理技術者は今回の様に、管楽器の修理をする時の為に、使えそうな部品や管体を保管しておく癖があります。
時にはインターネットのオークションなどを物色して緊急性が無いものもジャンク品という言葉に釣られて気が付くと購入している事さえあります。中には私の様に海外の楽器展示会で材料になる木材を購入してくる方もいます。
今回使用している材料は廃棄になった管体を以前手に入れて保管していたものです。

さぁ、いよいよ加工の開始です。
部品として取り付ける為に、まず必要な寸法を計測します。
部品の外径に関しては最終的にバレル側に合わせる事を考えて、若干大きめに製作しておきます。
次は取り付け側の加工として、内径加工です。
こちらは初めはちょっと小さめに加工します。
この内径加工の作業がこちらです。

この内径を拡張する作業を中ぐり(ナカグリ)というのですが、刃を回転軸の内側に差し込みながら作業するので、非常に作業している技術者から見えにくい状態での作業になります。
寸法も削りながら細かく計算と微調整を繰り返し1/100ミリ単位で加工していきます。
加工が完了すると、

こうなります。
この状態まできたら一度管体に仮組をしてガタが無いか、もしくはきつくないかの確認をします。
緩いと接着剤の量が多くなり、破損の原因になりますし、きついとはめ込んだ時にリングが割れてしまう事があります。

上手くはめ込む部分のクリアランスが取れたら、次はこれをリング状に切り取ります。
鋸を使うと割れてしまい切断面もデコボコになって仕上げでの破損リスクが高くなってしまうので、ここも旋盤を使用します。
使うのは突っ切り(ツッキリ)という刃を使う作業です。

突っ切り加工は旋盤加工の中でかなり難しい部類の加工と言われています。
今回は材料が柔らかい木材なので以外に簡単です。
でも、良く最後に切り取ったリングが飛んで行って紛失して泣く事があります(笑)
さぁ、これで取り付ける部品(リング)が完成です

綺麗なリングになりました。
右側に残っているのは突っ切りの最後に残るバリと呼ばれる残骸です。
これは後で処理できるので、無理に取らず作業を続けます。

まず、このリングを管体に接着します。

というところで・・・・残念ですが今回はここまでとなります。
今回は写真を取りながらの作業だったのでトータルの作業時間は約40分ほどですが、通常は一気に作業を行いますので約20分ほどの作業となります。
ですが、集中してやらないと取り返しのつかない失敗になる可能性があるので、経験と持てる技術力の全てを注ぎ込んでの集中した20分になります。
部品が完成するとホッとする、緊張の作業でした。

さぁ、今回紹介した旋盤や管楽器の修理技術を見てみたい、話を聞いていみたい、管楽器の修理を体験してみたいという方は是非授業見学やイベントを体験してください。

次回は今回の続きを紹介します。
お楽しみに!!