音楽に魅了され、音楽と向き合う。
それが演奏家にも技術者にも一番大切なこと。

原 嘉靖 × 工藤 重典

原:本日は世界的フルート奏者である工藤重典氏にお話を伺いたいと思います。工藤さんと私にはともに20世紀を代表するフルート奏者ジャン・ピエール・ランパルさんとの交流という共通点があります。工藤さんはJ・P・ランパル氏に師事されていらっしゃいましたが、彼との出会いからお話を聞かせてください。

工藤:私がJ・P・ランパルの演奏を初めて聴いたのは10歳のときです。父に連れられてコンサートに行ったのですが、彼のフルートの音色の美しさに魅了されました。そしてその瞬間から私はランパルに習おうと心に決めてしまったのです。
その思いは年を追うごとに強くなり、大学卒業前にランパルのいるフランスへ渡航しようと考えました。ただ、当時はインターネットなんてありません。どうすればランパルに会えるかなんてどこで誰に聞いてもわからないのです。大使館に行ったり人づてに聞いたりして、やっと彼がパリ国立高等音楽院(Conservatoire national supérieur de musique)で教授をしていること、そしてちょうどその頃毎年ニースで講習会を行なっていることがわかりました。片道切符でフランスに渡りニースに向かうと、会場には100人以上の若者で溢れていました。日本人は僕だけ。言葉もわからない。でも音楽のすばらしいところは吹けばお互いにわかりあえることですね。そうやってやっとランパル先生と面識を持つことができ、さらにその年の10月の試験でパリ国立高等音楽院に合格することができたのです。

原:私もランパル氏に影響を受けてこの道に進んだ一人です。私が彼に初めてお会いしたのはヤマハ株式会社でフルートの研究開発に没頭していた頃です。浜松でランパル氏のコンサートがありまして、今考えれば若気の至りですが、私が試作したフルートの感想をいただけないかとお願いしたのです。そうしたら快く引き受けて試奏いただいた上に、なんと本番でそのフルートを吹いてくださったんです。終了後に楽屋に伺ったところ、使用していたルイ・ロットの18Kゴールドと、ヘインズの14Kゴールドのフルートを見せてくださり、手にとって見ても良いと仰り見せていただきました。(※ルイ・ロットのゴールドフルートは世界でこの1本のみ)。その後丁寧にお礼をお伝えして別れたのですが、その2年後に突然ランパル氏のマネージャーから連絡をいただきました。彼の愛用しているルイ・ロットのフルートを落として壊れてしまい、他で直してもらったが満足出来ないのでMr.原に直してほしいと。ヤマハの上司からなんで君がランパル氏から電話をもらえるんだって大変驚かれました。
それからランパル氏と親交を持たせていただき、確か1975、6年だったと思いますが、ヨーロッパでの試作品のエバリュエーションでパリに行ったとき家に招待していただいたんです。
そこでいろいろと話をしている中で、ランパル氏から「Mr.工藤を知っているか」と尋ねられました。
当時私は工藤さんのお名前を知らなかったのですが、ランパル氏はMr.工藤は必ず近いうちに世界に名をなす素晴らしい弟子で、ぜひMr.原に紹介したいと言ってくださいました。

工藤:それは私がパリ音楽院に入学した20歳頃ですね。
その頃私はプロになろうなんて一切考えず、ただ上手くなりたいという一心で練習をしていました。周りのレベルも非常に高かったですし、成績のことはまったく意識していなかったのですが、1年生の学期末試験でいきなり成績が一番になったんです。23歳くらいからコンクールに出始めたのですが、そのときも自信があったわけでもなく、第2回パリ国際フルートコンクールで1位を獲った時は自分が一番びっくりしました。ただこの辺りから少しずつ自信が付きはじめ、また周りの目も変わりつつありました。私は積極的にコンクールに出場し、ジュネーブ国際音楽コンクールではメダル、その年ミュンヘン国際音楽コンクールで1位なしの3位となりました。そしてパリ市主催の1980年のジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクールで第1位を獲得することができました。当時26歳でした。

 

原:工藤さんと実際にお会いしたのはその頃でしたね。私は工藤さんが1位を獲得された時の本選を、会場であるパリのサル・ガボーホールで聴かせていただきました。

工藤:私が日本でデビューした時に、原さんが「ランパル氏から紹介されたものです」とご挨拶にいらしたんですよね。

原:はい。それ以降工藤さんとはずっとお付き合いをさせていただき、フルートの研究開発へのアドバイスをいただいたり、使用されているフルートのメンテナンスに関わらせていただいています。

工藤: やはり設計からずっと関わっていただいてますからね。設計していただいた人に診てもらうのは嬉しいことですし、技術はもちろんですが私の演奏を知っている方に診てもらえることがさらに嬉しく思います。
リペアマンも修理の技術は当然持つべきとして、プレイヤーの演奏まで理解したうえで修理することが大切だと思います。演奏は繊細な世界なのでちょっとした音の出方が気になるものです。自分の癖をはじめ演奏を理解してくれると本当に安心できます。

原:アマチュア・プロに関わらず演奏家の個性を知ることは非常に大切です。相手の個性を知るというのはつまり相手の顔を見ることであり、話をすることです。私はどのようなアマチュアの人でもどんな演奏をして楽器のどのような点が気になるのかを確認するよう学生にも指導しています。
私はヤマハ時代に全国を回っていたのですが、地方の演奏家の先生にとって信頼を寄せられる技術者がほとんどいないのが現状です。私が島村楽器テクニカルアカデミーの講師を引き受けた大きな理由もここにあるのですが、しっかりとした技術を持った人材を世に送り出して、地方の先生から信頼を得ることができれば音楽界の役に立ち、仕事にも繋がっていきます。

工藤:仕事のニーズという意味では、どの学校にもある吹奏楽部には需要があるのではないでしょうか。吹奏楽部で使われる楽器の状態はばらつきが多いと思いますし、そのような環境を変えていくことが大切だと思います。
草の根運動かもしれませんが、まずは現場から踏み込んで、例えばコンクールを控えている時に楽器を診てあげるなど、演奏する人と一緒になって音を調整していくという姿勢が大切です。一緒になって行動する姿が信頼関係を築いていくと思います。

 

原:工藤さんと私が信頼関係を築けたのも数年経ってからではないですかね。
工藤さんからアドバイスをいただいても、こちらがなかなかその通りに実現できないわけです。それを少しずつ埋めていく努力を重ね、また、工藤さんの演奏会を必ず聴く。そうしてやっと信頼関係が育つのです。私達の探究心とか情熱を工藤さんにご理解いただいているからこそお付き合いをいただけるのです。

工藤:そういうお言葉を原さんからいただけるのは、僕は本当に幸せです。それくらい一生懸命やってくれる方々と一緒にできたのは本当に嬉しい限りですね。
リペアマンの仕事は非常に多くの時間を修理に当てていると思いますが、同じくらいの時間やエネルギーを音楽にも向けて欲しいと思います。音楽にどれだけ情熱を傾けているかという姿勢は、楽器にも演奏家にも伝わります。
音楽に深く魅了されることで、お客様との付き合いは仕事以上のものになります。音楽に関わる人は、その部分が一番大事だということをわかってほしいと思います。

原:本日はすばらしいお話を聞かせていただきまして本当にありがとうございました。