Special Interview 鈴木達也 

鈴木達也 X 松田精二

Kudou

鈴木 達也

日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)入社後、開始間もない「ヤマハ音楽教室」を運営する音楽普及本部(現財団法人ヤマハ音楽振興会)の音楽教育課長に就任。音楽教室を軌道に乗せる。財団法人ヤマハ音楽振興会専務理事、ヤマハ株式会社取締役、ヤマハ・コーポレーション・オブ・アメリカ代表取締役を歴任。
ヤマハ退社後、スタインウエイ・ジャパン株式会社代表取締役。現在はスタインウェイ会最高顧問。一般の方にもいい音楽をというコンセプトのもと、内外の一流アーティストを招いて南麻布セントレホールでの「ランチタイムコンサート」を企画運営している。

ピアノ調律師は、ピアノのドクター

松田:鈴木さんはこの音楽業界、特にピアノの世界で多彩なキャリアをお持ちになっており、多くのピアニストや技術者と仕事をされていますが、今日はピアノ調律師を目指す方にアドバイスをいただきながら、色々なお話をお聞きしたいと思います。最初にどのような仕事をされたのでしょうか。

鈴木:そうですね。大学卒業後日本楽器株式会社(現ヤマハ株式会社)に入社しましたが、配属になった所がなんと楽器を作るための木材工場でした。「音楽の会社に入社し、音楽を仕事にするぞ!」という気持ちでした。しかし入社の時に社長や会長がしきりに「ピアノは生きもの」「木はどんなに加工されても生きている」と言う事を聞き、木材にも興味がわいてきました。生き続ける木を、どうやって育てていくか、それがピアノを取扱う我々には必要なスキルだと考えるようになりました。

松田:演奏家とピアノ調律師についてのお話しをお聞かせください。

鈴木:バイオリンや管楽器などの楽器は音を出すまでに長い時間がかかり、そのあいだ演奏者は楽器本体の事も熟知し、自分で音を合わせます。すなわち演奏者は自分の楽器の調子を自分で判断し、自分で音を合わせ自己完結します。しかしピアノは幸か不幸か鍵盤を押せば誰でも簡単に音を出すことができます。そして自分の楽器で練習しても、実際コンサートではホールの楽器を使用しますので、自分の慣れ親しんだピアノで演奏会をする事が困難な楽器なのです。誰でも音が出るから、簡単に音が出るから、ピアニストは一般の方より多くを求められることが当たり前で、一般の方と同
じピアノを弾いても、各段に違う音を要求されるのです。そこで頼りになるのがピアノ調律師です。ピアノ調律師はピアニストと最良のパートナーシップで結ばれています。よく演奏会会場でピアニストと調律師が本番前のリハーサルをおこなっている光景を観ることがあります。まさにそこにはピアニストと調律師がピアノに向かいひとつの音楽を創っていくという臨場感があり、周りのスタッフも声掛けできないほどの緊張感あふれる現場です。

松田:私もピアノ調律師として数十年仕事をしていますが、その場面を何度体験してもいまだに緊張の連続ですね。では鈴木さんが考える調律師の資質は何だとお考えでしょうか。

鈴木:まず『耳が良いこと』これは絶対音感があるとか、耳コピーが得意だと言う事と全く違います。「音に対して感性を磨いているか」と言うことです。医学的には耳のピークは14 歳までと言いますが、感性は良い音楽を聴き、音楽以外の芸術にも多く触れることで養われていきます。レコード、CD だけでなく、演奏会に出掛け、美術館や博物館に足を運んだりすることで、豊かな感性を身に付ける事ができます。それが良い音を創ることができる素です。私の知っている優秀な技術者の皆さんは自分の足で多くのコンサートに出かけ音楽を楽しんでいます。ふたつ目の資質は『もうこれでいい』と思うその先を追究する探究心です。探究心が強い人ほど手先を動かし、結果技術者に必要な技術力が身についていきます。そして一流の調律師へと成長していくのです。

松田:鈴木さんの話をお聞きして私も少しお話しをさせていただくと、音のイメージとか音の印象は人それぞれで、ピアノの音を「ポーン」と鳴らした時、ある人は丸い音の印象と言う人もいれば、ちょっと角があると感じる人もいます。音の印象がピアニストと調律師が一緒になることが大切です。ピアニストの演奏や言葉の中から、そのピアニストがイメージしている音を察知し創っていくのが調律で重要な要素ではないかと日頃か
ら感じていました。

ピアノ調律師はピアノのドクター

鈴木:先ほど「ピアノは生きもの」と言いましたが、人間の体と一緒だと思うことがよくあります。乾燥し過ぎや湿気が多いと人も調子が悪くなりますが、ピアノもちょっとした温度湿度管理が不安定になると、たちまちご機嫌斜めになってしまいます。ピアノ調律師がせっかく良い音に仕上げてくれたピアノでも、あっという間に変化をしてしまいます。ピアノ調律師はその環境変化のことも考えてピアノを診断し治療(調整)をしますが、患者さんに問診するように、調律師は「ピアノに聞く」と言う事をします。ピアノの鼓動(音)を聴いて、「今このピアノは風邪を引いている」とか
「熱があるね」と判断します。そして最良の処置を施し演奏者へバトンタッチするんです。ピアノ調律師はピアノのお医者さんと言うことですね。

松田:まさにその通りですね。わたくしも長くこの仕事をしていますが、一度として同じ調子のピアノに出会ったことがありません。長年お伺いしているピアニストのご自宅のピアノでも毎回違う症状ですし、「今日のピアノは今日が始めて」なんですね。ですから、調律の仕事には同じ答えは存在しないんです。ですから自分で考えて答えを見つけていくしかないんです。そして技術者はそこが一番大切な部分でもあるような気がします。

松田 : 最近ピアノ調律師も、テレビで特集が組まれ取り上げられるケースが多くなってきましたが、鈴木さんはそのことをどう思われていますか。

鈴木:そうですね。クローズアップされることはとても良い事だと思います。ピアノリサイタルやコンクールの裏舞台でどんなことがおこなわれているかという事実を知り、ピアノを理解するきっかけになりますから。しかし私はよく調律師と話をするときに、「歌舞伎の黒子でいなさい」と言っています。表に出ることなく、自己満足でもいいじゃないかと思うんです。映画などのディレクターやプロデューサーと同じです。アーティストは聴衆の喝采を浴びますが、調律師はアーティストから喝采を浴びるのです。そこに誇りを持てばよいのです。真の信頼関係の結果がそこです。

普段から良い音に接しよう

松田:先ほど感性を磨くことが大切と言うお話をいただきましたが、最後に調律師を目指す方に向けて一言お願い致します。

鈴木:良い音、良い音楽に触れることで感性が磨かれます。それには多くのコンサートに出向くことが一番です。松田さんの教え子の学生さんは日頃から調律の勉強ばかりでなく、授業として、あるいは個人でコンサートを聴きにいく機会が多いと聞いています。とても良いことですね。また私が企画している南麻布セントレホールのランチタイムコンサートのメモリアルコンサートにも学生さんがお手伝いをいただき、在学中に色々な事を体験することで、社会マナーもしっかりしています。この環境の下でピアノ調律の勉強をすればとても素晴らしい調律師になることが可能です。是非松田さんのご指導で多くの調律師を輩出してください。