手作りの技(わざ)をのこす

不定期に書かせていただいているコラムですが、今回は梅雨の断続的に続く7月中、学校で楽器製作や修理に使う刃物の一部を製作いただいている鍛冶屋さんに本科生と一緒に見学にうかがわせていただいたときのことを報告しつつ、所感を書かせていただこうと思います。

よいものを作るために、よい道具を求めたくなるのは当たり前のことかもしれませんが、事実私たち弦楽器技術者は常に高度に専門的な他の職業に支えられています。
弦楽器職人だけでこの仕事をやっていくということは到底できません。

刃物鍛冶はそのような意味で私たちにとっては常に身近な存在であり、興味の尽きない仕事の1つですが、今回はその見学から教えていただいたことを1つだけ報告させていただきます。

東京の田無(西東京市)にある鍛冶・小信(このぶ)は5代にわたる刃物鍛冶です。
私たちは当代の鍛冶である齊藤さんにずっとお世話になってきましたが、今回はいろいろな刃物に関する実用的なお話の傍らで、鍛冶屋さんにおいて作られた道具に製作した鍛冶が代々引き継ぐ「銘(めい)(※屋号)」を打ち込むための刻印についてお話を伺いました。

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(工房で見せていただいた「小信」と読める昔の刻印。現在では他社による商標登録のために「小信」の刻印は使えず、「左小信」の刻印がおされている)

道具に打ち込まれる「銘(めい)」はごくごく目立たないものかもしれませんが、こうした小さなものも昔はすべて手作りだったと伺いました。
現代ではそれが機械にとってかわっているのですが、機械で作った刻印と手で掘られた昔の刻印では、道具(鉄)に打ち込まれたときにその違いが一目瞭然なのです。

昔の刻印は文字の線がより細く、切れ味があります。それは文字が三角に掘られているためです。
それに対し、機械で掘られた現代の刻印は文字の角が四角くたっているために線が太くなり、結果的に文字のところだけではなく打ち込まれた文字の周囲一帯が一緒になって凹んでしまうのです。そのため、見た目でもはっきりと昔の刻印のような味が感じられなくなってしまいます。

斎藤さんがしみじみと「やっぱり手作りのもののよさってものがあるんですよね」と説明してお話しくださり、これまで何となく「昔の刻印はなぜこうもかっこいいのだろう?」と感じていた疑問が氷解しました。
この小さな刻印1つをとってももう現在では手で作る人がいないそうです。

こうしたお話を伺うたびに、ヨーロッパの楽器の伝統を大事に作ったり修理したりする私たちのような楽器職人が、ふだんの仕事の傍らで、この日本という国に受け継がれてきた小さく奥深いこだわりをどうにか受け継いでいけないものかと考えされられます。