弦楽器職人を目指す上で留学は必要か?

「バイオリン職人になるためには、留学したほうがいいですか?」という質問は、弦楽器技術者がよく受ける質問の1つです。
メディア等の影響もあり、バイオリン職人=留学というイメージをもたれている方もいると思います。しかし、留学を経験した技術者や海外の技術者の方が日本国内の技術者より優れているかと聞かれれば、答えは間違いなく「NO」です。
留学への敷居も昔ほど高くはないため、留学で箔がつくというのも過去の話になりつつあるようです。

では留学のメリットとは何か。その答えは目的に応じて変わってきます。
海外でしか学べないことはたくさんあります。しかし同時に、日本でしか学べない技術も無数にあるのです。また、一言で海外といっても、その国や地域によって学べる内容は様々です。

例えば、楽器製作においては、どのようなスタイルの楽器を作っていきたいかによって目指す国は変わってきます。特に製作は、その国や地域から受ける感性が作品の表情に大きく表れる傾向があるので、現地の人や食事、景色、生活スタイル、気候や空気などを五感で感じ、作品に生かすことが出来るということが最大のメリットでしょうか。
また、銘器のコピーを追求していきたいのであれば、実物を間近で見られる環境は魅力的です。実際、アメリカやイギリスなど銘器の修復が盛んな国で、修復を学びながらコピー作品を作っている製作家は多いようです。
※一般的にフルバーニッシュ(新作の楽器)を学びたいのであればイタリア、ドイツと言われ、アンティーキング(新作でありつつ古い質感を出した楽器)やコピーを学ぶ場合はイギリスやアメリカが良いと言われていますが、徐々にこうした傾向も情報のグローバル化とともに変わってきています。

修理、修復にどのような形の需要があるかもまた、国や地域により様々です。日本には日本の演奏事情、天候風土に合ったスタイルがあり、それは日本でしか学ぶ事ができません。
また、日本は、経済的発展により、銘器と呼ばれる希少性の高い楽器が比較的多く見ることができる国の一つとなっています。あまり知られていないことですが、秀逸な銘器のコピーや、銘器からインスピレーションを得て楽器を作る製作家は日本にも少なくはないのです。
夏と冬で大きく変わる乾湿の差や、日本固有の商習慣なども国内で仕事をしなければ学ぶことはできません(乾湿の差という意味では、先日、ニューヨークから来た技術者がアメリカ東海岸と日本の気候の共通点を教えてくれました)。私もイタリアから戻り日本で仕事をするにあたり、もう一度日本で一から勉強する必要があると強く感じたものです。

また、どこの国の学校も、基本的にはそれぞれの国の学校として、その国で技術者が活躍してくれることを期待してプログラムが組まれていることがほとんどです。つまりイタリアの学校に行っても日本での仕事の仕方は教えていませんし、フランスでも、ドイツでも、そうした事情は大きくは変わりません。
講師の中には、留学をしながら同時に国内での工房見習いをしたものや、留学経験はなくとも国内で仕事をずっと続けてきた人もいますので、留学はその点で、+アルファの要素を考えるべきかもしれません。
つまり、最終的に日本で仕事をしていくのであれば、日本での勉強は必須と言えるでしょう。その上で、更に視野を広げ、自分の技術を発展させる為に留学するというのであればそれは非常に有効な手段ではないかと思います。

アジアからの留学生が増え、欧米のオーケストラをアジア人が席巻していると言われる今日では、留学は付加的な要素に過ぎなくなってきています。総じて見ると、「何処で」学ぶか、よりも「どう」学ぶかが最も重要なことではないでしょうか。

※過去の卒業生の留学事情、実際の経験談等はオープンキャンパスや学科別体験会の学科説明などにおいて、希望に応じて行っておりますので詳しくはお問い合わせください。