「演奏経験あり」からの弦楽器技術者

バイオリンを始めとする弦楽器の製作、修理を行う上で、演奏はできた方が良いのでしょうか?

演奏経験がない人のケースについては以前の記事で扱いましたが、今回は演奏経験がある人のケースを見てみましょう。

演奏はできた方が演奏者の立場に立ちやすいので良い、音の調整をする時感覚がつかみやすい、など、様々なメリットがあると言われます。筆者も幼い頃から演奏を嗜んでいますが、様々な場面で、演奏ができて良かったと感じることがあります。
しかし同時に、演奏できることが弊害になってしまうと感じることもあるものです。それでは、演奏ができるからこそ気をつけなければならないこととは何でしょうか。我々講師や学生たちの経験から、演奏できる人が陥りがちな落とし穴を挙げてみましょう。
※あくまで我々の経験から出た一例ですので、参考程度にとどめていただければ幸いです。

~自身の癖に縛られてしまう~
まず、一番の問題は「先入観」でしょうか。演奏を通して培ってきた知識は、技術者の目線から見ると間違っていることも稀にあるものです。既に習慣化してしまっている癖や思い込みは修正するのがとても難しく、長く積み重ねた経験ほどこだわりや思い入れも強いため、素直になれないこともあるようです。
同様に、他の演奏者のことも自分の尺度で判断し、理解したつもりになりがちです。弦楽器技術者として演奏に向き合う場合、演奏の舞台に立つのは自分でないことを忘れてはいけません。自身の演奏技術や知識をどの様に仕事に活かすかのバランスは、実はとても難しいものです。

~「演奏」と「試奏」の区別~
演奏が上手な人は、どんな楽器でも瞬時に特徴をつかみ鳴らすことができてしまいます。言い換えれば、どんな楽器も「その人の音」になってしまいます。高いテクニックを持っているからこそ気がつけることはたくさんありますが、演奏に没頭するあまり見落としてしまうこともあるようです。

さて、ここで言う「試奏」とは、楽器のそのものの特性を見抜くための弾き方です。もちろん試奏のスタイルは人それぞれですので「試奏とはこういうものです!」と断言するのは難しいですが、「演奏者の試奏」と「技術者の試奏」では少し異なる部分もあるようです。
演奏家が楽器を購入する際の試奏の場合、自分の演奏スタイルに合った楽器を選ぶためにじっくり吟味する方が多いでしょう。様々な曲を演奏し、納得がいくまで繰り返し試奏します。
一方で、技術者の現場では、ごく限られた時間の中で試奏し、判断をしなければならない場面が少なくありません。自分に合うか合わないかではなく、楽器そのものがどのように鳴るのか、どうすればより鳴るようになるかを短時間で見抜くのは容易ではありません。
試奏のつもりがつい入り込んでしまい、そのままミニコンサートになってしまう学生も少なくないですが、「演奏」と「試奏」を意識し、その楽器の持つ特徴を見抜くことは、技術者にとって非常に重要なスキルです。

~本業は・・・~
演奏の練習と技術の習得を見事に両立してしまう強者もいるようですが、演奏の練習に没頭し、技術習得がおろそかになっている学生も珍しくありません。特に、技術習得に行き詰まっている時期ほど、演奏に逃げてしまう傾向にあるようです。息抜きは必要ですが、本業を見失わないように心がける必要があります。

さて、演奏ができることによる難しさを並べてみましたが、冒頭で述べた通り、基本的には技術者、職人として演奏ができるということは歓迎すべきことです。
特に、これから楽器を始めたいという方が多く来店される店頭などでは、「どのような音がするのか聴かせてください」というようなリクエストもあります。
演奏ができるということは技術者になる上で大きな武器になりますが、武器を使いこなすためには「演奏者」と「技術者」の目線を柔軟に使い分けることが必要だと言えるでしょう。