きっかけはやってこない

何かものごとを始めたり、取り組むときに、そのきっかけをついつい待ってしまうことがあります。

私自身もそうなのですが、以前読んだ本の中に、古いインドの詩として次のような内容の歌がありました。

「春がすぎ、夏もいってしまい、冬になってしまった。

 歌うつもりだった歌はまだ歌われていない。

 わたしは楽器の弦をしめたり、ゆるめたりしながら

 日々をすごしてしまった。」

この歌を初めて読んだときに、はっとさせられたのですが、実際何がものごとに取り組むきっかけがやってきて、背中を押されて自然と取り組むなどということはむしろまれで、多くの場合は場合は自分のやる気以外に物事を前進させてくれるものはありません。

ただ、皆さんも経験されていると思いますが、人のやる気というものは「取り組んでみてはじめて出てくる」という性質のものなので、ここでもやる気が出るまで待っていると季節ばかりが過ぎてしまうことになりかねません。

私自身も漠然と「弦楽器と音楽に永くかかわる仕事をしていきたい。音楽のそばで仕事ができたら、どんなにいいだろう。」と思ってはいたものの、誰もそれを後押ししたり、引っ張ってくれる人が現れないまま、何年かを過ごした経験があります。

自分が動かないかぎり、きっかけはやってきません。
仮に自分が動かないできっかけがやってきたとしても、もしも人生の中で落とし穴のようにきっかけのやってこない時期に遭遇してしまったら、そこから抜け出すことが難しくなってしまうかもしれません。

待っていてもきっかけはあまりやってこないと思うですが、不思議なことに自分から動き出すといろいろなきっかけが向こうからやってくるかのように感じられることがしばしばあります。
ただの勘違いや思い込みかもしれませんが、もしも自分があの時動いていなかったら、今日のこの出来事もなかっただろう、ということが仕事をしていてもたくさん出てくるのです。場合によっては何年もたってから、そのようなことに気づくことも少なくありません。

いずれによせ、自分で作る以外には、きっかけはそうそうこないと私は思っています。

最近気づいたのですが、人にはきっかけを待っている人と、自分自身が理由となり、きっかけとなり周囲にその空気を伝えられる人がいるように思います(もちろん、ある時は前者、ある時は後者だというのが普通ですので、少し単純にしすぎているかもしれませんが)。後者は、それが「よいこと」だと考えて、周囲に影響を与え始めるとただのお節介になってしまうとは思いますが…(笑)。

年末という時期的なこともあるのでしょうが、音楽院に勤めていると将来の仕事に関する相談や、きっかけを探している方に会う機会が非常に多いです。今日はどのような進路を選ぶにせよ、きっかけを待っている方のために「きっかけはやってこないけど、理由を求めずに何をやるか自分で決めて進むだけ」ということをお伝えしたいと思い、書かせていただきました。

さて、自分で一度「きっかけ」をつくることを経験すると、次には「じゃあ、次はどんなきっかけを作ろうかな」と考えることもできるようになり、仕事や勉強の幅をどんどん広げていけます。
もちろん、そうなるといろいろなことができるようになるのですが、そのようになったときに改めて大事になるのは根元にある思い、つまりは「目的と動機」になるのではないかと思うのですが、この話はまた別の機会に…