「自信」について

先日、受講生の方と話をして「自信をもつ」ということについて、気付かされたことがありました。

職人や技術者、製作家を志す一つの動機に、単純に音楽や手仕事が好きだということだけでなく、職人になればきっと自分のやっていることに自信がもてるのではないかと考える場合があります。

先日、話をしていた受講生のAさんも自信のなさに悩んでいる様子があったのですが、そのAさんがてもつけられないほど「できがわるい」わけではないため、なぜ自信がもてないのか、そもそも自信をもつとはどういうことなのかということを二人で考え、話し合っていたのですが、そうこうするうちに気づかされたことがありました。

それは多くの場合、私たちは「自信がない」ことの対局は「自信がある」ということであると思ってしまうのですが、実はそうではないのではないかということです。

「自信がない」ことの対局には、おそらく「高慢になる」ということがあるのではないかと思いました。

なぜなら、自信があるように見える人に「自信があってうらやましい」と話しかけると、多くの場合、その人は自分はそれほど自信があるわけではないと答えますし、実際にそれが率直な感想であると思われるからです。

 「自信がある」(あるいはそう見える)という状態は、何かを修得しようという意欲と、すでに修得したという手応えをもちながらも、自らのその判断さえも時に疑い、同時にまだ修得できていないことがあるという不安(自信のなさ)を常に抱えながらも何かを見出そうと努力しようとする姿勢と、そのバランスの中にあるではないかと感じられたのです。

 少しわかりにくくなってしまいましたが、水に沈んでいる人と、水の上に立っている人がいるわけではなく、波に乗って動いているために沈まずに前進している人というようなイメージでしょうか。
つまるところ自信がある人というのは、実は自信があることと自信のなさを常に同居させている状態、そのバランスをとっている態度にあるのではないかと思いました。

 そういうわけで、「自信がある」ようになったら、「自信がない」ということが0%になるわけではまったくなく、肌感覚としてもよくてせいぜい330-40%ぐらいになるだけではないかというふうに思えたわけですが、またそう考えられたことで、自信がないと口にしていたAさんも私たちも、それなら何とかがんばれそうだと感じられました。

 またもや抽象的な話になってしまいましたが(笑)、それでもやはり仕事をしていく上では、楽器の医者のような存在である技術者にある程度の落ち着きががそなわることは大事なのは間違いないのではないかと思います。
「自信がない」という自分自身への判断そのものに必要以上の自信を見出し、気づかぬ間にそこに安住してしまわないように、一歩前に進んで、バランスをとらなければやっていけない不安定な状態に踏み出すことが大事ではないかと思いました。

そろそろ年の暮れですが、来年もまた一歩踏み出せる1年でありたいと思います。