なぜ弦楽器製作者になりたいと思ったか?

かつて私の先生に、「なぜ弦楽器製作者になったのですか」ということを尋ねたことがありました。
その時、先生が答えたのは「そこに自分がやりたいことのすべてがあったから。」ということでした。

その意味を詳しく書く前に、まず皆さんは弦楽器製作家、弦楽器修理士・修復士、弦楽器技術者、バイオリン職人と呼ばれる人たちの仕事をどのようなものだと想像されるでしょうか。

木の薫り立つ工房の中で、黙々と楽器に向き合い、木を削り、ニスを塗り、音を調整するという職人の姿を想像される方が多いかもしれません。

しかし、上の質問をしたときに私の先生が答えてくれたのは、
「木を探したい時には森に行き山を歩き、音を探す時には楽器を奏で、楽器や音にまつわる様々なことを調べたい時には図書館にこもったり博物館を訪ね歩いたり、演奏者や技術者に会いに行ったり、時にはニスを作って試行錯誤したり、そして楽器を作る。そこに自分がやりたいことのすべてがあったんだ。」ということでした。

先生の答えは私にとっても我が意を得たり!と思える内容でしたが、私自身もこの道に踏み込むにあたって、この仕事が一生楽しめる仕事になるという確信がありました(多分に甘い予想でもありましたが(笑)大きくははずれていなかったと思います)。

私にとっては、楽器作り、楽器修理が、音楽のため、…中でも個人的なことを言うならばJ.S.Bachの音楽のために役立つと思えることが何よりの動機でした。この先、千年残るであろう大好きな音楽のために働けることが、何か私自身にとっては意味があることに思えたのでした。しかし、その一方で、樹が好きであること、木の感触や木工が好きであること、読書好きで図書の森に迷い込むのが好きであること、また色彩に魅せられており様々な天然の樹脂や顔料などを駆使して色を出すことに興味があったこと、失われた宝を探すことに興味をかきたてられること、何十年・何百年と受け継がれてきた古いものが好きであること、それらを言い訳にヨーロッパに行けること、世界中に友達ができることなど、自分が関わりたいと思える多くのことがあったためでもあります。

実際、この道に入って多くの弦楽器職人に会いましたが、どんな人もそれぞれにこの道に入った理由やそこにとどまってきた理由をもっていて、成り行きで入った方でさえもその方なりの楽しみやおもしろさを見出しているように思えました。また私が思いもよらなかった楽しみを見つけている技術者も多く、常にそうした新たな視点に出会うことは刺激的です。

ただ総じてバイオリン職人(もちろん、ビオラ職人、チェロ職人、コントラバス職人と呼んでも差し支えありません!)は、小さなことに大きなこだわりをもっていますので、職人以外の人から見ればいったい何を話しているのか??と思われることも少なくありません。でも、そんな些細なことが職人の世界では楽しみとしてほとんど無限に広がっていくのです。

先日は、土曜日に講師と卒業生が混じって「洋鉋(かんな)」談義に花が咲きました。
楽器職人の間では珍しいことはありませんが、よい道具を作るうえで、よい道具に職人は目がありません。常に情報を集めては、道具に磨きをかけたり、よい道具を探し当てたりしています。ただ、全部を買うこと、試すことは1人では難しいので、何人かが集まるとその人なりのこだわりの道具を比べることができます。金属でできた洋鉋にも古今様々なメーカーがあり、台の堅牢さ、錆びにくさ、刃の剛性、手に馴染む重さとサイズ、機構など様々なことが気になるもので、そうしたことを話し始めるといつまでも話していられるというわけです。

そのようなわけで(?)、毎年新たに入学される学生の皆さんがどのような視点を弦楽器製作・修理という小さくも広大な世界に見出していくのかということはとても楽しみにしています!
そして、こんな些細なことに日々かまけている楽器職人が増えるほどに世界は平和になっていくと信じてもいます!
そして、それも弦楽器職人を続ける理由かもしれません。